エックハルト・トールの教えの核心は、沈黙と平和こそがあなたという存在のエッセンスであるという真実にありますが、私たちは日々の生活の中で、不安や怒り、後悔といった絶え間ない苦しみに悩まされています。
トールは、この苦しみの大半は自分で作り出しているものであり、その原因は外側の出来事ではなく、私たちの内なる「思考」の機能不全にあると説きます。
苦しみは「出来事」ではなく「思考」から生まれる
出来事そのものは中立である
人生で起こる出来事自体は、人を不幸にするパワーを持っていません。
出来事は体には苦痛をもたらすことはあるかもしれませんが、出来事そのものは事実として中立 です。
同じ出来事でも、人によって苦しみが違うのは、その出来事に対する解釈や意味づけが異なるからです。
思考は物事に決めつけをするものですが、この思考によるレッテル貼りこそが、苦しみと不幸を生み出します。
「起こったこと」より「どう考えたか」が心を締めつける
私たちの苦しみのほとんどは、思考が作り出しているということになります。
過去に起こった出来事を何度も思い返す行為は、頭に保管された「かつてのいま」の記憶の断片をよみがえらせているにすぎません。
しかし、この思考の流れがネガティブな感情を再生産します。
罪悪感、後悔、怒り、不満、悲しみ、恨みなどの感情は、「あまりにも多くの過去」と「いまの欠如」が原因です。
トールが説く「抵抗」が苦しみを作るメカニズム
苦しみの根本的な原因は、「すでにそうであるもの」に対する拒絶や、無意識のうちの抵抗にあります。
トールは、ネガティブ性とは、すべて抵抗が原因であると見なせると言います。
「こんなことは起きるべきではない」というように、現実を拒む心の反発(抵抗)が、すでにある苦しみにさらに苦しみを重ねて、痛みを何倍にも増やしてしまうメカニズムを生み出しているのです。
心の中で何が起きているのか:苦しみの3層構造
苦しみは、外側の出来事が単独で引き起こすのではなく、心の中の構造的なプロセスを経て生まれます。
第1層:出来事(外側の刺激)
これは、物理的な状況や、他者との関わりにおける刺激(失敗、喪失、他人の言葉、厳しい試練など)です。
出来事自体は中立的な「人生の状況」 にすぎません。
第2層:思考(意味づけと判断)
出来事に対する思考の介入が、苦しみを固定します。
- 出来事を「悪いもの」「嫌なもの」だと判断する。
- 「自分が悪い」「許せない」「もうダメだ」といった思考が、出来事にレッテル貼りをして、苦しみの原因を作りだす。
- 思考が「あの時こうすれば」「こうならなくてはならない」と過去や未来に焦点を当て、「いま」に抵抗する。
第3層:感情(反応としての痛み)
思考に呼応して、怒り、悲しみ、不安などのネガティブな感情が湧き上がります。
トールは、感情的な痛みには、「今、抱いている痛み」と「心と体に生き続けている過去の経験による痛み」(ペインボディ)の2レベルがある と説明しています。
「抵抗」が苦しみを強める理由
起きていることを“否定”するほど痛みは増す
思考は、「こんなことが起こっていいはずがない」 といった形で、現実と対立を生み出します。
この「今」に対する抵抗こそが、人間が大いなる存在とつながれない決定的な原因なのです。
起きている出来事に抵抗したり、否定したりすると、痛みは強くなります。
受け入れることは“負け”ではない
「すでにそうであるものに抵抗することほど無益なことがあるでしょうか」とトールは、状況を拒否する代わりにあるがままに身を委ねること、すなわち降参が、本当の強さであると語ります。
受け入れることは、受容と許しの態度であり、それは消極的に見えるかもしれませんが、実際は非常に積極的で創造的な状態です。
受け入れた瞬間、心のエネルギーが変わる
いまこの瞬間を無条件に「イエス」と言って抱きしめると、内なる抵抗が消え、心の奥底に静けさとスペースが生まれます。
人生を無条件に受け入れることで、向かい風だった人生が突然追い風に変わるのを体験する のです。
苦しみの根にある「エゴ」と「ペインボディ」
苦しみの思考パターンを維持しているのは、私たちの内なる二つの構造、エゴとペインボディです。
エゴ:思考が作り出す“偽りの自分”
エゴとは、自己同一化された思考や信念の集合体であり、過去によって条件付けられた心がつくりだした偽りの自己です。
エゴは常に「自分が正しい」「評価されたい」 という思考によって自己防衛しようとします。
エゴは「欠けている自分」という感覚の上に成り立っているため、絶えず恐れと欲望の世界に生きており、それが苦しみのループを維持します。
ペインボディ:過去の痛みの残像
ペインボディとは、エックハルト・トールが提唱した概念で、過去の経験から蓄積された感情的な痛みや苦しみのエネルギー体のことです。
私たちが経験したトラウマやネガティブな体験が、心と体に生き続けている過去の痛み となるのです。
ペインボディは痛みを常食としており、そのエネルギーを補給するために、ネガティブな思考や人間関係のドラマ、感情的痛みを常に追い求めます。
苦しみのループは“気づき”で終わる
エゴは、ペインボディを「自分自身」と同一視し、「不幸な自分」というイメージを作り上げます。
しかし、この習慣的な苦しみのループは、「気づき」の光によって断ち切ることができます。
苦痛の最中に「これはエゴの声だ」「これはペインボディのエネルギーだ」と客観的に観察できると、思考との同一化の呪縛が解け、ペインボディに餌を与えることをやめることができます。
そのたびに、ネガティブな感情的エネルギーの一部が消失し、「いまに在る力」へと変容します。
苦しみから抜け出すための第一歩
思考が織りなす問題は、思考のレベルで解決できません。
思考を超越した意識の領域、すなわち「いまに在る」状態へと進むことが、苦しみから抜け出す鍵となります。
自分の思考を観察する
自由への第一歩は、「自分の思考は本当の自分ではない」と気づくことから始まります。
思考を客観的に眺めると、頭の中の絶え間ない声と自分を切り離し、思考をはるかに超えた果てしない知性の世界があることに気づき始めます。
「観察者」の視点を持つことは、エゴやペインボディの働きに意識的になるための第一歩です。
感情を否定せずに感じる
感情的な痛みは、逃げずにただ観察し、あるがままに受け入れることで溶け出します。
感情をコントロールしようとするのではなく、「今、不安を感じている」とありのままに認めます。
感情は敵ではなく、気づきを促すサインとして受け止めましょう。
現実を「そのまま」受け入れる
苦しみは「いま」の中では生き延びることができません。
いまこの瞬間に意識を集中させ、人生がこの瞬間に取っている形に抵抗しないこと、つまり「いま起きていること」を認めることが大切です。
抵抗をやめて「いま」を無条件に受け入れた瞬間、あなたの内側には静けさとスペースが生まれ、抵抗が溶け始めます。
苦しみは「目覚めへの入り口」
苦しみは避けるべき敵ではなく、気づきへのドア、すなわち目覚めへの道具にもなり得る偉大な教師です。
強力な苦痛に追い詰められたとき、人は「もう人生に耐えられない」「不幸でいることにはうんざりだ」という限界に達し、不幸な自分を生み出している思考の構造から自分を引き離さざるを得なくなります。
こうして、苦しみは私たちを無意識に引きずり込む存在でありながら、同時にいまに在る状態へと人を導く「決定的な要因」 にもなり得るのです。
「苦しみがあなたを壊すのではない。苦しみを通して、あなたが目覚めるのだ。」
この教えは、極度の苦痛が「不幸な自分」という幻想の構造から自分を引き離させ、目覚めへと導くというトールのメッセージ の核心を表現しています。
コメント