エックハルト・トールの教えの核心は、思考(心)と本当の自分(意識)を切り離すこと、すなわち思考の夢から目覚めることにあります。
私たちの苦悩の多くは、頭の中で絶え間なく続く声、つまり思考の流れに完全に自分を同一視していることによって生まれています。
頭の中の声は「本当の自分」ではない
頭の中の“声”とは何か
私たちの頭の中には、常に独り言が流れています。
この声は、「どうしよう」「あの人のせいだ」「自分はダメだ」といった、絶え間ない思考の流れが正体です。この思考は、過去の記憶や未来への予測、批判、後悔、不満など、さまざまな形をとって現れます。
多くの人はその声と自分を同一化している
ほとんどの人は、この心の声に引きずり回され、思考に心をとりつかれている状態にあります。
思考の内容を「自分の考え」だと信じ込むことで、心がその思考に支配されてしまいます。
思考と一体化しているときには、そのことに気づきません。
トールが語る「思考の自己=エゴ」
エゴとは、この内なる声を自分と思い込むことで生まれる“偽りの私”、すなわち幻の自己です。
エゴは自己同一化された思考や信念の集合体であり、過去によって条件付けられた心が作り出したものです。
エゴの強固さは、あなたが意識(本質)を心、つまり思考とどの程度同一化させているかで決まります。
なぜ思考と一体化すると苦しくなるのか
思考は常に「過去」と「未来」に生きている
思考は常に過去や未来に結びついていて、めったに現在に留まることがありません。
エゴは過去の記憶によってアイデンティティを与え、未来に救済の約束を与えることで生き延びています。
このため、「こうすればよかった」(過去の後悔)や「次はどうしよう」(未来への不安)といった思考によって、私たちは今この瞬間を見失わせるのです。
時間の中にいる限り、苦しみは終わらないというのがトールのメッセージです。
否定的な思考は自動的に増幅する
ネガティブな感情(怒り、不安、不満など)は、すでにそうであるもの(現実)への抵抗が原因となって生まれます。
エゴはこの抵抗を好み、ネガティブな感情や不幸をエネルギー源として利用します。
そのため、ネガティブな声ほど強く意識を引きつけ、感情を支配する力があるのです。
「心の中の独裁者」に気づかないまま苦しむ
思考の主が「自分」だと思い込むことで、私たちはエゴイスティックな心という「心の中の独裁者」に支配されてしまいます。
頭の中の声が“現実”だと思い込むことで、自分を批判したり、不満を並べたりしていたのです。
これは、人類が今脱却しようとしている無意識状態のメカニズムであり、思考を本当の自分ではないと見なすことが、無意識状態のそもそもの出発点であるとされています。
思考を観察することで自由が始まる
「私は考えている」から「私は気づいている」へ
さとりを開くための最も大事なステップは、「思考を本当の自分とみなすのをやめること」、“気づきそのもの”(意識)に気づき、そちらへ意識を転換することが、自由への道です。
頭の中の声を実況中継のように見つめてみる
思考を観察するとは、頭の中の声を評価したり分析したりすることなく、ただ客観的に見つめることです。
例えば、不安を感じたとき、「今、私は不安を考えているな」と気づき、感情に名前をつける(ラベリング)と、感情そのものになるのではなく、感情を観察する者になれます。
思考に意識の光を当てることで、思考と思考の間に隙間が生まれます。
観察が始まった瞬間、あなたは思考の外にいる
思考を観察できるとき、あなたはもはや思考の罠にはまっていません。
意識の中心が“声”から“気づいている自分”へ移動した瞬間、あなたは思考の外、すなわち形のない次元へと移行し、エゴの束縛力は失われます。
気づきとエゴは共存できないからです。
思考との距離を取る3つの実践ステップ
「いまに在る」ことこそが、エゴからの解放につながる唯一の道です。
気づく練習をする
頭の中で流れている声をただ聞き、その内容を評価せずに観察してください。
分析などはせずに、ただ観察するのです。
自分が思考にとらわれていることに気づいた瞬間、あなたは無意識から抜け出しており、「私はこの声ではない」あなたは「いまに在る」状態なのです。
呼吸に注意を戻す
思考の流れから抜け出す最もシンプルで確実な方法の一つは、自分の呼吸に意識を向けることです。
息を吸う瞬間、吐く瞬間、その感覚を丁寧に感じ、呼吸に意識を向けることで、思考の流れにブレーキをかけることができます。
呼吸は常に「いま、ここ」にあり、意識をいまに戻すためのアンカーの役割を果たします。
声にラベルをつける
強い感情や思考が起こったとき、「今、〇〇を感じている」 や 「これは不安の声だ」「これは比較の声だ」 と心の中で言葉にしてみましょう。
この行為(ラベリング)によって、感情や思考と自分を同一視しないで、それらを客観的に観察する距離が生まれます。
感情を否定したり抑えつけたりせず、意識の光を当てることで、同化を防ぎ、感情を溶かしていきます。
トールが語る“静けさ”の意味
思考のない静けさは、意識が目覚めている状態
思考が静まり、心の中に隙間が生まれると、沈黙や静けさが広がり、深い平和や安らぎが自然に現れます。
この思考のない静けさ、すなわち無心状態は、意識が目覚めている状態です。
無言の中には空虚ではなく、深い安心と満ち足りた存在感があります。
その静けさこそが「本当の自分」
心の静けさこそがあなたの本質であり、名前や形を超えたあなたの本当の自分なのです。
思考や感情、身体を超えた純粋な存在の感覚、すなわち大いなる存在(ビーイング)ちゃんと“在る”、あなたのアイデンティティの核心です。
静けさに触れるたびに、エゴの力が弱まっていく
あなたが「いまに在る」ことを選ぶと、エゴは強い抵抗を示しますが、エゴの声に気づき、ただ観察し続けると、その力は弱まります。
静けさの中で意識が広がるたびに、エゴという偽りの自己意識は縮小し、苦しみは減り、自然と心が軽くなるのです。
思考を手放すのではなく、“見る”ことで自由になる
思考は敵ではありません。
思考はあくまで道具であり、使うべき時以外は片付けられなくてはなりません。
私たちが苦しみから解放されるのは、思考を止めようと努力することではなく、思考に気づき、それを客観的に観察することによってのみ起こります。
「目覚め」とは、いまこの瞬間に気づいている意識に戻ることであり、思考との同一化をやめることで、私たちは思考や感情に振り回されない自由を得るのです。
「思考を止めようとするのではなく、それに気づくことで自由になる。」
この教えは、思考との闘いをやめ、気づきという光を当てることでエゴの支配から解放されるという、トールのさとりへの道の根本的なアプローチを表現しています。
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