私たちは、人生において不満や不安、悲しみといった苦しみは「避けるべき敵」だと考えがちです。
しかし、エックハルト・トールの教えによれば、苦しみは、私たちを思考の夢から目覚めさせるための偉大な教師となり得るのです。
なぜ人生はこんなにも「苦しい」のか
「苦しみ」の本当の意味を見つめ直す
ほとんどの人は、自分が抱える苦しみや不幸の原因は、人生で起こる出来事にあると考えます。
しかし、トールの教えの核心は、苦しみの多くは出来事そのものではなく、自ら作り出しているものにあるということです。
問題は、外部の出来事を「個人的な問題」や「苦しみ」として受け止めてしまう、根本的な思い違い(思考の機能障害)にあると言えるでしょう。
思考が生み出す抵抗とエゴの声
苦しみを生み出す張本人こそ、思考と同一化して作られた「エゴ」(幻の自己)恐れや欲望を原動力に生きており、常に「自分が正しい」という思いで自己を強化しようとします。
エゴは、現状を拒否する「抵抗」という形で苦しみを維持します。この抵抗こそが、すべてのネガティブ性の原因だと見なすことができます。
エゴは、思考という枠を超えた真の自分(意識)の枠を超えることができないまま、私たちをその中に閉じ込めてしまいます。
「この瞬間」を拒むときに苦しみは強まる
苦しみの根本は、「いまこの瞬間」を拒絶することにあります。
思考が、すでにそうであるものに対して習慣的に抵抗や拒絶を行うことで、不安や不満が作り出されます。
この抵抗が激しくなり、感情的な痛みと一体化してしまうと、怒り、極度の恐れ、敵意などの強烈なネガティブ性が現れ、「重症の無意識状態」へと変化します。
この「いま」に対する心の反発が、すでにある痛みにさらに苦しみを重ね、増幅させてしまうのです。
苦しみが教えてくれること—気づきと成長のサイン
痛みの中に潜む「気づき」の入り口
人生の試練は、「眠りを深める睡眠薬」にもなり得ますが、意識的な人にとっては「目覚めへの道具」にもなり得るとトールは語ります。
重いペインボディ(過去の痛みのエネルギー体)を抱えた人でも、「もう不幸でいることにはうんざり、耐えきれない」という思いが目覚めへの強い動機となります。
苦痛があまりに激しいと、人は不幸な自分を生み出し維持している思考の構造から自分を引き離さざるを得なくなるのです。
苦しみが「存在」とのつながりを呼び戻す
極限の苦しみの中で、人は自分の「不幸な物語」も「感情」も、実は自分自身ではないと気づきます。
自分が知覚し、体験し、考え、感じている対象は自分ではない、とはっきり見抜くことこそが、スピリチュアルな目覚めです。
このとき、思考や感情よりも遥かに深遠な意識の領域、すなわち本当の自分の本質である大いなる存在(ビーイング) に意識が向かいます。
身体の内側にある生命感、つまりインナーボディを感じることは、あなたを身体とも心とも同一化していない形のないものへの同一化へと導き、存在(ビーイング)とのつながりを呼び戻します。
苦しい出来事が意識を深めるプロセス
困難に直面したとき、無意識に生きている人はさらに無意識を深めますが、意識的に生きている人はさらに意識的になるのです。
試練は人生におけるテストであり、これにどう対処するかが、意識の成熟度を示します。
苦しみや不幸を通して、無意識から覚醒へと向かうプロセスが描かれます。
あなたが苦痛に耐えきれなくなったとき、偽りの仮面(エゴ)を脱ぎ捨てざるを得なくなり、意識は失う前よりもずっと高いレベルでの本当の自分を取り戻すのです。
「受け入れる」ことで苦しみは変わる
抵抗をやめたときに訪れる静けさ
すでにそうであるものに抵抗することほど無益なことがあるでしょうか。
抵抗をやめ、あるがままに身を委ねるという降参の姿勢は、弱さではなく真の強さに裏打ちされた行為です。
内なる抵抗が消えることで、心の平安と静けさが訪れます。
この安らぎは、外部の状況がどうであれ揺るがない、大いなる存在と一つになる喜びを伴うものです。
今この瞬間に完全にいる練習
受け入れることとは、いまこの瞬間を心の中で否定せずに受け入れることです。
状況が不愉快な時でも、思考がどんな具合に物事にレッテル張りをしているかを観察しましょう。
そのレッテル貼りが苦しみと不幸を生み出しているからです。
どんなことであれ“いまという瞬間が運んできたもの”に集中することが、受け入れの実践です。
「これでいい」という内なる同意
「受け入れる」行為は、消極的に見えますが、実は積極的で創造的な状態です。
この状況は必要だから起こっていると認め、「これでいい」という内なる同意(イエス)を捧げます。
抵抗せずに降参する行為を通して、意識がこの世界に流れ込み、行動の質そのものを変えるのです。
抵抗をやめると、あなたは生命そのもの、人生そのものによって力を与えられていることに気づくでしょう。
苦しみを通して目覚める—意識のシフト
痛みがあなたを「今」へと導く
痛みは、あなたをいまに在る状態へと導く決定的な要因にもなり得ます。
苦しみは「いま」の中では生き延びることができません。
なぜなら、過去の痛みは「いまの思考」として蘇っているからです。
あなたが意識を過去や未来に引きずられるのをやめ、いまこの瞬間に焦点を当てるとき、恐れや苦しみは存在できなくなります。
苦しみが消えるのではなく、変容する
ペインボディ(過去の痛みのエネルギー体)は、あなたがそれに気づくという意識の光にさらされると、力を失います。
痛みは意識の炎を燃やすための燃料に変わり、結果的にその炎がさらに明るくなります。
これが一般には知られていない「古代錬金術」の真の意味です。つまり、苦しみという「非金属」を、意識という「黄金」に変える技術のことです。
「苦しみ」さえも愛と気づきの一部になる
感情的な痛みであっても、それを拒否せず、ただ「いまの経験」として見守り、それに自分を同一化するのをやめたとき、それはもうあなたの不幸な物語の一部ではなくなります。
この意識の目覚めを通して、私たちはすべてが一つにつながっているという認識に目覚めます。
痛みが変容し、分離感が消えるとき、愛、喜び、平和といった大いなる存在の本質が、あなたの内側から溢れ出てくるのです。
苦しみはあなたを深める道
人生で降りかかる困難は、無意識に引きずり込まれる原因になる一方で、目覚めへの道具にもなり得るのです。
孤独の中で時間を過ごすよりも、人間関係の中で三度失敗する方が、悟りを開く可能性は高いとまで言われています。
あなたがすべきことは、苦しみを敵として戦うことではなく、その思考や感情が自分自身ではないと気づき、観察することです。
沈黙と平和こそが、あなたの本質であることを思い出しましょう。
苦しみは、「いま」を拒絶し、時間という幻想に縛られていることのサインです。
あなたが苦しみの根源であるエゴの仕組みに気づき、「いまに在る」力を世界に広めることを目的とするなら、苦しみは溶けていき、あなたの内側には揺るぎない平和と静けさが戻ってくるでしょう。
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