エックハルト・トールの教えにおける「心理的時間」と「時計時間」は、彼の思想の根幹であり、この概念を明確に理解することは、心の平安への道筋を知る上で非常に重要です。
いただいた疑問を一つずつ、トールの教えに基づき詳しく解説します。
「時計時間」と「心理的時間」の定義と役割
トール氏の教えでは、「時間」は二つの全く異なる概念に分けられます。
時計時間(Clock Time / 現実的な時間)
時計時間は、現実的な目的のために必要な時間です。
これは、社会生活において責任を果たし、物事を計画し、行動するために不可欠な道具です。
時計時間が必要とされる例
- 計画と目標設定
未来のために具体的に計画を立てること。 - 学習と分析
過去の失敗から学び、その教訓を活かすこと。 - 実務的な行動
食事を作ったり、旅を計画したり、約束を守ったりするため。 - 成長と進化
成長し、新しいことを学ぶためのプロセス。
時計時間を使うとき、私たちは「いまこの瞬間」を、特定の目的を達成するための機能的なステップとして利用します。
それは思考力を駆使した情報収集、保管、分析といった人生におけるサバイバルのための道具として機能します。
心理的時間(Psychological Time / 心の時間)
心理的時間とは、心が過去や未来にさまよい、現在という瞬間と調和せずに生きる状態を指します。
これは客観的に存在する時間ではなく、心の中に存在する構築物(幻)です。
心理的時間は、私たちの苦しみの根源であり、エゴ(偽りの自己)の生命線です。
心理的時間の主な特徴
- エゴの生命線
エゴは過去や未来に依存することで「生き延びる」ことを目的としており、過去はアイデンティティを、未来は救済の約束を与えます。 - 不幸の源泉
不快感、不安、緊張、ストレスといった恐れ(未来の欠如が原因)や、罪悪感、後悔、怒り、恨み(過去の欠如が原因)といったあらゆるネガティブ性は、心理的時間に囚われることによって生じます。 - 現在を拒絶する思考
思考は常に過去や未来に結びついていて、めったに現在に留まることができないため、時間のない「いま」を脅威に感じ抵抗します。
「心理的時間はよくないもの、時計時間は必要なもの」という印象について
「心理的時間はよくないもの、時計時間は必要なもの」という印象は、トールの教えに照らして概ね正しいと言えます。
時計時間(必要)は、物理的な世界で機能し、責任を果たす上で不可欠な道具です。
心理的時間(機能不全)は、エゴが作り出す機能不全な心の状態そのものであり、すべての問題や苦しみの原因です。
トールは、人類の苦しみのほとんどは、自分で作っているものであり、「すでにそうであるもの」に対する拒絶や、無意識のうちの抵抗によって生じると述べています。
問題は、多くの人が時計時間を心理的時間にすり替えてしまうことです。
時計時間を超えて、過去や未来への執着心(エゴの要求)が入り込んだとき、それは心理的時間に変化し、人生を台無しにしてしまいます。
夢や希望を持つことの境界線
夢や目標に向かって未来に希望を持つ行為が「時計時間」なのか「心理的時間」なのかは、その行為に意識がどのように注がれているかによって決まります。
これが両者の最も重要な境界線です。
| 分類 | 行動 | 特徴 |
|---|---|---|
| 時計時間 | 純粋な行動 | 目標を定め、それに到達するためにいまこの瞬間、自分が取っているステップに全意識を集中させる状態。 目的地は認識しつつも、旅の中で唯一の現実である「いまの一歩」が主である。 不安や心配を持ち込む必要はありません。 |
| 心理的時間 | 手段と目標の混同 | 幸せや充実感、立派なアイデンティティを求めてゴールだけに焦点を絞る状態。 結果ばかりにこだわり、「いま」が未来に到達するための価値のないちっぽけな踏み台になってしまう。 あるいは、まだ存在しない未来の状況に意識が向かい、不安を作り出している状態。 |
もし、未来への希望が「それを手に入れたら、ようやく満たされる」という欠乏感に基づき、「今」を犠牲にしているなら、それはエゴが主導する心理的時間であり、最終的に心の平安は訪れません。
しかし、目標を持ちながらも、「いまのステップそのもの」を楽しみ、その行為の中に流れ込む生命の躍動を感じている状態であれば、それは目覚めた行動(情熱)であり、時計時間と内なる目的(いまに在ること)が調和している状態です。
「心理的時間」を手放すとは、過去や未来を一切考えないことですか?
「心理的時間」を手放すとは、過去や未来を一切考えないということではありません。
心理的時間を手放すとは、時間の概念に「囚われなくなる」ことを意味します。
手放すことの意味
- いまこの瞬間以外は存在しない」という真実を悟ること。
- 「いまに在る」ことに住まい、物事を解決するのに必要な時だけ過去や未来を訪れること。
- 過去をアイデンティティのより所にするのをやめること。
過去の記憶は、現実的な問題を解決するために必要最小限だけ参照すれば十分です。 - 過去の失敗に精神的に浸りきって、批判や後悔、罪悪感で自分を責める強迫的な思考をやめること。
あなたが完全に「いまに在る」ことができれば、思考は自動的に止まります。
そして、必要なときには、思考を超えた源泉から湧き上がる「英知」に基づいて、より効率的で集中した思考力を使えるようになります。
時計時間と心理的時間の使い分け
両者を健全に使い分けるための原則は、「いま」を人生の真ん中に据えることです。
| 概念 | 理解の仕方 | 使い分けの原則 |
|---|---|---|
| 時計時間 | 現実世界で行動し、成長するための道具。 | 計画や問題解決のために意識的に使う。 不安や心配を持ち込まず、常にいまの行動の質に全意識を集中させる。 |
| 心理的時間 | エゴが作り出す幻影であり、苦しみの原因。 | 常に拒否し、手放す対象。 もし思考が過去や未来に逸れたと気づいたら、すぐに意識をいまこの瞬間に戻す(いまに在る)。 |
トールの教えでは、人生の旅全体が「いまこの瞬間、踏み出している一歩」で成り立っていると気づくことが、この問題を解決する鍵です。
まるで、あなたが時間の川の流れの中に流されているのではなく、川岸に座って、道具が必要なときだけ手を伸ばすように、時間を意識的に使いこなすことが求められています。
そうすれば、人生は過去や未来という重荷から解放され、現在という永遠の瞬間の喜びへと帰還できるでしょう。

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