エックハルト・トールの教えに基づくと、死の恐れは、人間の意識が作り出した最大の幻想の一つであり、その克服は、肉体の終わりを待つのではなく、生きている間にエゴという偽りの自己意識を終わらせることによって達成されます。
この記事では、トールの教えから得られる死の恐れの正体と、それを克服するための意識の変革について詳しく解説します。
恐れの根源 — エゴと「形」への同一化
トールは、人生がこれほど多くの恐れに満ちているのは、突き詰めればすべてエゴの恐怖に帰結すると説きます。
恐れはエゴの生存戦略である
死の恐れは、エゴがつくり出す最大の幻想のひとつです。
エゴは「自分自身=思考や身体」だと信じているため、それら(思考や身体という形)が終わるときに「自分も消える」と思い込むのです。
エゴの行動はすべて、この存在しなくなるという不安を解消するためのものですが、幻想は決して私たちを満足させてくれません。
すべての形あるものは、良いものも悪いものも一時的で無常です。
エゴは絶えず、所有物や肉体、肩書き、人間関係といった「形」に自分を同一化し、その堅実さが自分にも付与されると想定しています。
しかし、身体が衰えたり、物が失われたりするとき、それに依存していたアイデンティティそのものが崩壊の危機にさらされ、苦しむことになります。
真の防衛策は「知識」である
恐れは、火に手を突っ込んだら火傷をするということを「知っている」こととは違います。
私たちは、自己防衛のために火を恐れるのではなく、「火傷をする」という知識を持っているから、火に手を出さないのです。
真の防衛とは、思考による恐怖ではなく、意識による真実の認識によってもたらされます。
エゴの死と永遠の生命の発見
死の恐れを克服する道は、肉体の死を待つのではなく、生きている間に「偽りの自己」を終わらせるという意識的な変革にあります。
エゴの死を受け入れる
トールは、「生きることの秘訣は、肉体が死ぬ前に『死ぬ』ことである」と述べます。
ここで言う「死」とは、肉体の終わりではなく、エゴの終わりを意味します。
エゴを手放すとき、私たちは「完全であろうとする努力」から解放され、「いまに在る」ことによってすでに完全であると気づきます。
死は、私たちが人生の意味を求めて積み重ねてきた偽りの自己を脱ぎ捨てる最後のチャンスです。
私たちは、死の瞬間には、本当の自分ではないすべてのものを剥ぎ取られることになります。
「形のない本質」としての真の自己
エゴの終わりを経験すると、私たちは自己の真のアイデンティティを発見します。
私たちは「本当の自分は、決して死なないと悟る」必要があります。
真の自分は、思考や肉体という「形」を超えた永遠の生命であり、あらゆる形の奥深くに宿る決して滅びることのない本質です。
これが「大いなる存在(ビーイング)」であり、「私は今ここにこうして存在している」という感覚です。
死の恐れを抱くのは、「自分は頭脳だけの存在である」という幻想に囚われているからです。
この幻想をブッダは「幻の自己」と呼び、この幻想から自由になることこそが悟りです。
死の恐れを溶かす実践法:「いまに在る」力
死の恐れを克服し、永遠の生命としての真の自己とつながるための鍵は、「いまこの瞬間」に意識を集中させることです。
心理的な時間を消去する
恐れは、思考が悲観的な未来をイメージすることで生まれます。
未来の状況に取り組むことはできません。
なぜなら、それは思考の中の幻影(イリュージョン)だからです。
時間と思考は一心同体であり、時間の概念を取り払うと思考活動はぴたりと止まります。
エゴがつくり出す未来や過去から自由になるには、「いまに在る」ことが唯一の方法です。
思考が過去や未来に向かっていることに気づいたとき、呼吸や身体感覚に注意を向け、意識を「いま」に戻すのです。
「いま」に在ることで、思考は権力を失い、「大いなる存在」があなたの本質として姿を表します。
喪失と混沌を「入口」とする
人生における悲劇的な喪失は、意識の変容を経験するきっかけとなることがあります。
持ち物、地位、健康など、あなたが自分を同一化していた「形」が奪われると、エゴも崩壊します。
同一化できる対象が何もなくなったとき、激しい苦悶や恐怖の後、深い安らぎと静けさ、そして「今ここに在る」という聖なる意識が訪れることがあります。
これが「人のあらゆる理解に勝る神の平安」です。
混沌や苦しみに抵抗したり、逃げようとすると、さらに苦しみが生まれます。
しかし、人生の出来事をあるがままに受け入れ、抵抗を放棄するとき、意識の新しい次元が開かれます。
無常を受け入れる知恵
死の恐れは、形あるものに永遠を求めることから生じます。
すべての状況は変化し、すべての形は一時的でしかないという気づきは、形への執着を減らします。
出来事や感情、苦痛の周りに抵抗せず「空間」が生まれると、そこからこの世のものならぬ平安がにじみ出てきます。
この無執着の状態は、心の平和と自由をもたらします。
偽りの自己からの完全な自由
死の恐れを克服することは、自己の本質的な不滅性を自覚することにほかなりません。
私たちが「完璧な身体や思考が終わりを迎える」と恐れているのは、偽りの私(エゴ)「私は頭脳だけの存在である」という幻想から完全に自由になれるのです。
「真実はあなたを自由にする」という言葉の通り、永遠の生命である大いなる存在の真実を知っているかどうかが、恐怖からの解放の鍵となります。
この克服の道は、まるで「自分が宇宙飛行士となり、広大な宇宙空間から地球を眺める」ようなものです。
宇宙飛行士は、地球上の出来事(形)がどれほど重大に見えても、それが宇宙の広がり(空間)の中の一時的な現象にすぎないことを知っています。
同様に、あなたが「いまに在る」ことで、思考や肉体の死は、永遠の意識という広大な空間の中で起こる、単なる一つの出来事にすぎないと悟るのです。


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