私たちが日常生活で感じるストレスや不安、不幸の多くは、外的な出来事そのものから生まれているのではありません。
エックハルト・トールの教えによれば、すべての苦しみは思考の中に、そして過去や未来にのみに存在しています。
苦しみは、私たちが今を生きていないときに生まれるのです。
私たちの「偽りの自己」(エゴ)の本質は、常に「いまこの瞬間」を無視し、否定し、抵抗することにあります。
目の前で起こっている現実に対して、思考が習慣的に「あってはならない」「これは不公平だ」という拒絶を行うことで、不安や不満といったネガティブな感情が作り出されるのです。
人生は、あなたが取る姿勢に応えます。
私たちが「問題だ」と思えば、人生は問題になり、「障害だ」と見れば、人生は障害として現れます。この内なる抵抗を続ける限り、私たちは生命そのものから切り離され、苦しみは長引いてしまうのです。
受け入れることは「降参」ではない
現実に抵抗することをやめ、状況を受け入れるという選択は、単に困難な状況を「我慢すること」や「諦めること」(降参)ではありません。
これは、極めて能動的で創造的な意識の状態なのです。
受け入れることの定義とは、この瞬間に起こっている状況を、そのまま自分のものとして引き受けるという内的な「降参(抵抗の放棄)」の状態を指します。
これは、自分が直面している「いまという瞬間と仲直りする」ことと同義です。
深い意識の変化としての受容
受容は、表面的な思考のレベルで行うものではありません。
もしあなたが行動に対して「楽しむことも受け入れることもできない」と気づいたなら、その行動はすぐにやめるべきだとトールは説きます。
なぜなら、それを続けることは、自分の意識の状態に責任を取っていないことになるからです。
真の受容とは、何であれその瞬間に感じていることを素直に認めることであり、これは「いまに在ること」の一部です。
感情や思考をそのまま認めることを通じて、あなたは広々とした、清々しい「自分自身」となれるのです。
抵抗を放棄することで、意識はこの世界に流れ込み、その行為そのものに静けさと安らぎという新しい質をもたらします。
抵抗をやめる力が人生を変える
抵抗を手放すという意識の選択は、私たちの存在に深い変容をもたらします。
真の強さに裏打ちされた行為
「とらわれを捨てる」こと、すなわち抵抗を放棄することは、弱さではありません。
それは、真の強さに裏打ちされた行為です。
すべてを手放した人間だけが、真のパワーと心の完全な自由を手にすることができます。
意識の次元が開かれ、現実が調和する
抵抗せず、あるがままを受け入れるとき、意識の新しい次元が開かれます。
もし行動が必要な場合、あなたの行動は全体と調和し、創造的な知性と開かれた心に支えられるようになります。
不思議な偶然の連鎖が起こり、状況や人々が有利に、協力的に展開しはじめるでしょう。
何の行動も不可能な状況であれば、あなたはただ抵抗の放棄とともに訪れる平安と静けさのうちに安らげばよいのです。
この内なる抵抗が消滅すると、あなたは自分の行動が「生命そのもの」「人生そのもの」によって力を与えられていることに気づくでしょう。
苦しみと幻想からの解放
苦しみを受け入れ、「イエス」と言うとき、その瞬間から変化が始まり、意識的な苦しみはエゴを焼き尽くす変容の道となります。
また、あなたが幻想にしがみつくことをやめたとき、死の恐れさえも幻想であることに気づき、苦しみから解放されます。
そして、人生の中身(出来事、状況)に同一化していた自分から解放されたとき、あなたは自分を失ったのではなく、人生という幻想から目覚めたことを知るのです。
白隠禅師の教え:判断しない受容の力
日本の禅僧、白隠禅師の逸話は、この抵抗のない受容の究極的な例を示しています。
彼は、町娘の妊娠の濡れ衣を着せられ、町中からの非難を浴びたときも、ただ一言「ほう、そうか」と静かに応じました。
その後、真の父親が判明し、両親が謝罪に訪れた際にも、彼は同じく「ほう、そうか」と微笑んで赤ん坊を返しました。
この白隠の態度は、良い出来事も悪い出来事も、すべてを今という瞬間の「形」としてそのまま受け入れていたことを示しています。
彼は出来事を「善」や「悪」として判断しなかったため、人間ドラマに巻き込まれることなく、より高い秩序、すなわち生命の流れそのものに意識的に参画していたのです。
この「判断せず、あるがままを受け入れる力」こそが、私たちをエゴの作り出した苦しみから解放し、内なる平和へと導く真の力なのです。
永遠なる「いま」への回帰
あなたが現実に抵抗することをやめ、意識的に「いま」を受け入れるという選択をするとき、あなたは時間を超え、エゴの罠から脱し始めます。
あなたは、外側の人生の状況を変えようとするよりもまず、内側の意識の状態に責任を取るという人生の第一義的な目的に従っている状態になるのです。
人生の真の変容は、外部的な成功や達成によってもたらされるのではなく、この意識の純粋な選択によってのみもたらされます。


コメント