喜びと目的が一致したとき:情熱の誕生
エックハルト・トールは、人生には「内なる目的」(意識の状態)と「外部的な目的」(何を達成するか)の二つがあると説きます。
内なる目的である「目覚めること」が達成され、意識が完全に「いま」に根ざすとき、行動は純化されます。
その純化された行動の第三のモードが「情熱」です。
情熱(エンスージアズム)とは、単なる意欲や努力とは異なります。
それは、自分がしていることに深い喜びを感じる状態に、目指すビジョンや目標が加わったときに生まれます。
情熱は、行動の喜びと、目標への明確な方向性という「構造的な緊張感」が組み合わさった状態です。
外見は激しい活動に見えても、この緊張感はストレスからくるものではありません。
情熱は、宇宙の創造力そのものとつながっている状態です。
情熱に駆られた人は、まるで目標に向かって飛ぶ矢のように感じ、その過程そのものを楽しむことができます。
情熱のエネルギーと静けさの共存
情熱の持つ強烈なエネルギーは、決して思考の喧騒やエゴの欲望から生まれるものではありません。
その力は、心の静寂という形のない源泉から供給されています。
創造性の源は「無心状態」
真の創造性や直感は、思考が静まった状態、すなわち「無心状態」からのみ生まれます。
思考力はサバイバルのための道具であり、得意とするのは情報の収集や分析、防衛です。
思考が絶え間なく活動しているとき、創造的なアイディアを受け取るための源泉(無限に広がる意識の領域)とのつながりは断たれてしまいます。
情熱に動かされる行動がどれほどダイナミックであっても、その中心には、いつも静かでありながら非常に生き生きとした空間があります。
これは、回転する輪の中心にある平和な中核のようなものであり、すべての源であり、何者にも影響されない場所です。
「いまに在る」意識から生まれる情熱は、思考を超えた次元から流れ込んでくるため、その行動には、無理や努力の感覚がなく、効率的で集中した力が伴います。
エゴの欲望との決定的な違い
情熱は、エゴ的な欲望や達成欲とは根本的に異なります。
エゴの欲望が対立を生み出すのに対し、情熱には対立がありません。
エゴの目標は、自己イメージ(「有名な作家になりたい」)や物質的な利益(「莫大な資産を得たい」)といった形を取ります。
これらは欠乏感から生まれ、達成されても不安が残ります。
しかし、情熱に基づく行動は、目標がダイナミックな活動(「自分の作品を通じて、人々にインスピレーションを与え、人生を豊かにする」)として表現されます。
情熱に駆られる人は、自分を回路だと感じます。
形として現れていないあらゆる生命の源から発するエネルギーが、自分を通じて流れ、すべての存在のために働いていると感じるのです。
情熱は心の中の青写真を物理的な次元に移す力であり、すでに自分の中に「持っているもの」を表現することなので、そこに欠落や渇望は存在しません。
行動が創造力へ変わる
内側の深い喜びと、自己イメージではない純粋な目的が調和したとき、行動は単なる努力ではなく、宇宙の創造原理と完全に調和した流れとなります。
意識の光を行為そのものに注ぎ、結果への執着を手放すとき、私たちは無駄なエネルギーの浪費から解放され、人生が最も創造的で簡潔な形で展開していくのです。
「新しい天」と「新しい地」は、未来のどこかで実現する理想郷ではない。それは、今この瞬間にあなたの中で生まれているものである。
エックハルト・トール


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