しかし、私たちのエゴ(幻の自己)心理的な時間に生きることで、苦しみを増幅させます。
この記事では、現実に抵抗することを手放すことで、心の静けさが生まれるプロセスについて解説します。
思考が作り出す「抵抗のメカニズム」
心の静けさを妨げている根本的な原因は、エゴが常に現状に対して否定的思考を向ける、以下の二つのメカニズムにあります。
否定的なラベル付けと判断
エゴは、自分を強化するために、目の前の状況や他者を常に批判したり、否定的なラベルを貼ったりします。
「こんなことが起こっていいはずがない」「私はこんなところにいたくない」「これは不公平だ」といった心の声は、人生そのもの、生命そのものである「いまこの瞬間」に反論し、敵に回していることと同じです。
不満を言ったり、状況を「間違っている」と決めつけたりすることで、エゴは暗黙のうちに「自分が正しく、優れている」という感覚を得ようとします。
心理的な時間への逃避
エゴは「いま」にいると不安なため、意識を過去への後悔や、未来への期待・不安へと向けさせます。
未来に意識を奪われると、「いま」が犠牲になります。
未来は思考の中にだけ存在する幻ですが、そのギャップが不安やネガティブな感情を生む原因となります。
この思考による過去と未来へのしがみつき、そして「いまの拒絶」に取り組まない限り、問題は影のようにあなたについて回り、苦しみは「一難去ってまた一難」というパターンを描き続けるのです。
抵抗を手放すという「能動的な選択」
心の騒音である否定的思考の流れを止め、内なる平和を現れさせるには、抵抗を放棄し、あるがままを受け入れるという意識的な選択が必要です。
受容は「弱さ」ではない
抵抗をやめることは、困難な状況を「我慢すること」や「諦めること(降参)」ではありません。それは、極めて能動的で創造的な意識の状態です。
「とらわれを捨てる」(抵抗を放棄する)ことは弱さではなく、真の強さに裏打ちされた行為です。
すべてを手放した人間だけが、真のパワーと心の完全な自由を手に入れます。
自分の「いま」と「ここ」を変える術がない、あるいはそこから離れることもできない状況であれば、抵抗をやめて完全に受け入れるのです。
それが「神のもとでの安らぎ」であるとされます。
「いま」という瞬間と和解するプロセス
抵抗を手放し、状況を完全に受け入れたとき、意識の変容が起こります。
- 思考の中断と静寂の誕生
抵抗とは思考の産物であり、許せない気持ちは思考によって生み出されるものです。あなたが「いま」に抵抗せず、「あるがままにイエス」と言うとき、その瞬間、現状を否定しようとする否定的思考がぴたりと止まります。 - 空間の出現
思考の流れが中断すると、心の騒がしさの中に「無心状態」が生まれます。これは、思考と思考の間に生じる沈黙(静けさ)という空間です。 - 大いなる存在との再接続
思考の騒音が止まり、心の空間が開かれると、普段は思考にかき消されている「大いなる存在(ビーイング)」との一体感を実感します。 - 平和と喜びの現れ
この静けさの中にこそ、心の奥底にある揺るぎない平和と安らぎがあります。この安らぎは、外側の状況に依存せず、大いなる存在とつながったときに内側から湧き上がる「あることの喜び」へとつながります。
このように、抵抗という「闇」と戦う必要はありません。
必要なのは、意識という光のみです。
あなたが抵抗を手放し、意識を「いま」に向けることで、心の否定的思考が弱まり、心の静けさ(平和)が自然に現れるのです。
意識の光がもたらす真の解放
抵抗を手放すという選択は、外的な世界に対する敗北ではなく、意識的な勝利です。
あなたが「いま」を拒絶することをやめたとき、人生は「戦い」ではなく、生命そのものの知性に導かれる「調和の流れ」へと変わります。
この静けさの中でこそ、私たちはすべてとつながっているという根本的な事実を知り(悟り)、恐れや不安という幻想から解放されるのです。
「心の平安と引き換えに注意力が弱まり、覚醒レベルが低下するなら、あまり得る価値はありません。大いなる存在とつながっている時には、思考と一体となっている時よりも意識はずっと鋭敏で、きちんと覚醒しています。この時の私たちは完全に『いまに在る』のです」。
エックハルト・トール


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