エゴ

「自分が正しい」というエゴ|争いを生む思考の性質

エゴ
この記事は約4分で読めます。

私たちは、自分の意見や信念が正しいと確信するとき、一種の「快感」を覚えます。

この「私は正しい」という感覚は、自信につながるように見えますが、エックハルト・トールは、これこそが思考が作り出す「偽りの自己」(エゴ)の最も強力な燃料であると説きます。

エゴが「正しさ」に執着する構造を理解できれば、人間関係や社会における争いの連鎖を断ち切り、心の平和へと至る道が開かれます。

真のあなたは、思考を超えた静かな「気づき」であり、対立や批判から解放された存在なのです。

「正しい」と思うほどエゴは強くなる

「自分が正しい」ことで生まれるエゴの燃料

エゴとは、思考や概念といった「形」と自分を同一視することで作られた「幻の自己」です。
エゴは、その存在を維持し、強化することを常に目指しています。

エゴを強化するものとして、「自分が正しい」という思いほど強力なものはありません

「正しい」という立場は、特定の精神的な立場、見解、判断と自分を同一化している状態を意味します。
私たちは自分の見解を「自分自身」だと完全に信じ込んでおり、この同一化こそがエゴの活動です。

自分が正しいと思えば、その瞬間、他者や状況に対して倫理的に優越しているという感覚を得られます。
この優越感は、エゴにとっての重要な糧となり、エゴを強化します。

また、議論や対立の中で怒りを感じるとき、エゴは反射的な防衛反応を通じて「自分が存在している」と錯覚します。
エゴは、こうした感情的なエネルギーを糧にして自らを肥え太らせるのです。

争いの連鎖を断つ

エゴは、自分を確立するために分離(私とそれ以外)の感覚を必要とします。
自分が「正しい」というアイデンティティを保つためには、必ずその対極にある「間違っている相手」を必要とするのです。

エゴが自分を強化するためには、誰かを間違いにしなければなりません
誰かの過ちや欠陥を指摘して正すことは、しばしばエゴが自己を強化し、分離という意識を強固にする助けとなります。

自分が誰かを悪者にして攻撃したり、自分を正当化したりするとき、その一連のことをしているのは本当の自分ではありません
エゴは、他者の中にあるエゴを相手そのものと混同したとき、自分が正しくて優れていると考え、敵と想定する相手に非難や怒りで反応する ことで自分自身を強化します。

エゴは、人だけでなく状況にも不満や恨みを持つことを好みます。
状況を「こんなことは起こってはならない」「これは不公平だ」と判断し、あるがままの「いま」に反論することで、人生そのものを敵に回しているのと同じ状態になります。

対立構造が生み出す狂気と分離意識

思考との同一化が「敵」を作り出す

私たちが自分の意見や見解に完全に自分を同一化している(思考を自分だと信じている)限り、その思考を攻撃されることは「自分が攻撃されること」と感じられます。
その結果、人は防衛し、怒り、攻撃します。

対立する両陣営は、自分たちの見方、つまり思考に自分を同一化しているため、相手を人間としてではなく「敵」という概念で捉えるようになります。

思考による分離意識が強まると、相手が根源的な一つの生命を共有していることさえ見えなくなってしまいます
思考が作り出したレッテルや決めつけという曇りガラスを通して世界を眺めると、万物との真の関係に気づけなくなってしまうのです。

この「正邪の考え」は、人を狂気に陥れてしまう可能性があります。
自分が正しく相手が間違っているとすれば、平気で人を傷つけてしまうのです。
議論が暴力に発展するのも、人が自分の意見と自分自身を同一化しているという仕組みに基づいています。

執着を手放し、気づきに立ち戻る

「正しさ」への執着というエゴのパターンから解放されるためには、思考を無理に止めようとせず、ただ観察することが鍵となります。

「正しい」「間違っている」という見解に対処する方法は、特定の視点に同一化していることに気づくことです。
自分の思考や立場は、あなた自身ではない のです。

頭の中の声に耳を傾け、それを客観的に眺める
このとき、あれこれ批判したり分析したりすることは、応戦という形の「思考の声」に変わりないため避けるべきです。

思考を見張り、感情を感じ、リアクションを観察する、ただそれだけで十分です。
思考と一つになることは時間の世界に住むことを意味しますが、思考を観察すれば時間のない次元が開けてきます。

思考の幻想を超えて普遍的な平和へ

あなたが「自分が正しい」と強く主張するとき、それはあなたの思考がエゴという偽りの自己を強化している瞬間です。
この執着は、あなたを常に他者や状況と分離させ、苦しみと争いの連鎖に閉じ込めてしまいます。

思考を支配する必要はありません。
思考を観ることが、時間のない次元を開き、心の自由への入り口となります。
あなたが思考との同一化を断ち切り、静かな気づきに留まるとき、エゴの分離意識は力を失い、普遍的な平和が自然に現れるのです。

対立するものはどちらも自分たちの見方、つまり思考に自分を同一化し、人間として根源的な一つの生命を共有していることさえ見えなくなってしまうのです。

エックハルト・トール

コメント

タイトルとURLをコピーしました