エックハルト・トールの教えの核心は、思考を排除したり戦ったりすることなく、それを「主人」から「道具」へと戻すことにあります。
思考は、生存や実用的な目的のために備わった優れた能力ですが、ほとんどの人は、知らず知らずのうちに思考に支配され、「しもべ」の状態に陥っています。
思考を必要な時に意識的に使う「使う側(観察する側)」に立つための具体的な方法と心の変革について解説します。
思考を「主人」から「道具」へと認識し直す
思考を意識的に使うための第一歩は、自分の思考を本当の自分だとみなすのをやめることです。
思考を「道具」として扱うことができれば、仕事が済んだ後にそれを片付けるように、無駄な思考活動を終わらせることができます。
エゴと思考の分離を認識する
絶え間なく頭の中で囁いている「独り言」や「内なる声」は、あなた自身ではありません。
それは、過去に条件づけられたエゴ(偽の自分)が作り出した、強迫的で絶え間ない思考の流れです。
好きな時に思考を止められる「スイッチオフのボタン」を持っていなければ、あなたは思考の「しもべ」であり、思考が「主人」になりすましている状態です。
エゴは思考活動があることで成り立っており、絶えず考えることによってのみ生きられます。
エゴは「今この瞬間」を無視し、過去と未来という「心理的な時間」にしがみつくことで、思考を機能不全にします。
思考を客観的に「観察」する
自由への第一歩は、「自分の思考は本当の自分ではない」と気づくことから始まります。
頭の中の独り言をあれこれ批判せず、偏りのない心で聞きましょう。
批判や応戦そのものも、思考の声に変わりはないからです。
これを続けると、「独り言をする声」と「それを聞き、観察している本当の自分」がいることに気づきます。
この「本当の自分」という感覚は思考とは別の、思考を超えた源泉(高次の意識)から発せられています。
思考を客観的に眺めていると、その行為をしている「本当の自分」の存在に気づき、意識は新たなレベルに到達します。
気ままに活動していた思考はパワーを失い、本当の自分の下につくようになります。
意識的に思考を「使う側」に立つための実践法
思考を「道具」として使用し、その支配から脱却するための鍵は、「いまに在る」(Presence)という意識的な状態を確立することです。
無心状態(内なる静けさ)を確保する
悟りを開いた人は、目的がある時だけ思考力を使います。
これは、普段は思考を停止させ、心に静けさ(空間)を保っているからです。
絶え間なく流れている思考に「隙間」が生まれるたびに、意識の光が輝き出します。
思考がおしゃべりをやめると「無心状態」が生まれ、それは心の平安を実感する「大いなる存在との一体感」となります。
思考の流れを中断し、内なる空間を発見する最もシンプルで確実な方法は、自分の呼吸を観察することです。
呼吸に意識を集中させると、否応なく「いまこの瞬間」に在ることになり、心は静止します。
呼吸は、あなたが思考や感情、外部の状況に自分を見失わないための確かな「錨」(アンカー)となります。
目的のあるときだけ思考力を発動する
思考力はあくまで「道具」であり、仕事をするために使うものです。
悟りを開いた人でも、必要な時には思考を使いますが、その使い方は悟りを開く前よりもずっと効率的で集中しています。
彼らには「自分でコントロールできない頭の中の声」はなく、心には静けさがあります。
真に創造的なアイディアを必要とするとき、意識は「思考が活動した状態」と「ぴたりと止まった無心状態」を交互に経験します。
思考を超えた無限に広がる意識の領域(大いなる存在)とつながっていない思考は、破壊的になったり不毛になったりするからです。
時計の時間と心理的な時間を区別する
思考を意識的に使うためには、現実的な目的のための「時計の時間」と、エゴが生きるための「心理的な時間」を厳密に区別する必要があります。
| 時間の種別 | 状態 | 目的/機能 |
|---|---|---|
| 時計の時間 | いまを土台にした意識的な活動 | 過去の失敗から学び、未来の目標を計画するなど、実用的な目的 |
| 心理的時間 | いまを無視し、過去や未来に囚われた状態 | 後悔、罪悪感、批判(過去)、不安、期待、幸福の先延ばし(未来)など、エゴの生存 |
過去に失敗して「いま」そこから学ぶのであれば時計時間ですが、精神的に失敗に浸り、批判や後悔で自分を責めるのは心理的時間です。
また、自分がどこに向かっているかを認識しつつ、「いまこの瞬間、自分が取っているステップ」に全意識を集中させるなら、それは健全な時計時間です。
心理的な時間を消去し、「いまに在る」という瞬間と調和して生きることこそが、エゴそのものの解体につながります。
変革を加速させる心のメンタリティ
意識的に思考を使う「使う側」に立つことは、最終的に、行為の結果ではなく行為の質に焦点を当てることにつながります。
意識を最大限「いま」に向け、どんなことであれ「いまという瞬間が運んできたもの」に集中するのです。
行為の主たる目的は「行為に意識を込めること」となり、二次的な目的は「行為を通じて何かを達成すること」になります。
悟りを開くと、心の葛藤や人との摩擦がなくなり、もう自分の思考に振り回されなくなるという素晴らしい自由が得られます。
「いまに在る」限り、あなたの行動は過去の経験によって条件づけられた反射的なリアクションではなく、“洞察力”によるものになります。
その方がずっと良い結果を導きます。
思考を道具として使いこなすことは、ちょうど、最新式のAIナビゲーターを搭載した自動車を運転するようなものです。
通常はナビ(思考)を静かに待機させておき、運転者(意識)がハンドルを握ります。
複雑な判断(創造的なアイディア)が必要なときだけナビを起動させますが、それでも常に、運転者自身が目的地と現在地を把握しているため、ナビ(思考)に振り回されることはありません。
運転の主導権は、常に「いまに在る意識」にあるのです。



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